60〜

60代の日記です。

窓拭き完了❣️

3SLDK 80㎡の小さな我が家ですが


角部屋なので窓は多い。


窓拭き完了しました。


最後の仕上げの乾拭きで


少しでも引っ掛かりがあると


それは汚れでございますよww


ピッカピカにしてやりました。



午後からは5キロのランニング❣️


のつもりが、歩いてばかりになりました。


情けないこと。

イラっとする年賀状(ムカッとだっけ?)

つけたままのテレビが

“イラっとくる年賀状”を話題にしていたので

思わず家事の手を止めて観てしまった。



“子供だけの写真の年賀状”


笑笑

毎年送ってきた人います。

かわいいね〜、大きくなったね〜と

微笑ましく拝見しますけれど

処分時にシュレッターしにくいのよね(^_^;)

送った相手の処分方法もわからないから

私は我が子の写真は送らない主義でした。



“印字のみで手書きの添え書きが無い賀状”


あー、これね。

私も気持ちのない人には

添え書きしなかったですもの。

向こうもそういう気持ちなのでしょうね。

年賀状出しときゃいい、みたいな関係は

もういらない。



イラっとする一位は


“名前の漢字を間違えている賀状”


だそうです。


35年間の長きにわたり

私の名前を間違えてくる先輩がいて

何度か言ったんだけど直さない。

最後に言ったのは5年前かな。

忘れもしない。

京都のホテルでランチしながら


「お家に帰ったらすぐにパソコン開いて

住所録の私の名前を修正してよ〜」


“分かった分かった!ちゃんとやる。

ゴメン、ゴメン”


ってね。

でも、直ってないwww

今年もきっとあのままだ。

イラっとしないのは

大好きな人だからよね。

むかしむかし

私自身の結婚の際


連れ合いの両親と私の両親のタイプが


真逆でありましたので


両家顔合わせはとてつもなく不安でした。



当日、、、


家族と一緒だったはずの義父が


1時間弱の道中、行方不明になり


連れ合いと義母が探しながら


待ち合わせの場所に来て


遠方から新幹線に乗り


時間通りに到着している私の両親に


義父が途中で不明になったと


説明している時に


ヘラヘラと義父が現れました。



ただ単に


(普通ははぐれるはずはないけれど)


動きのおかしな義父が


途中ではぐれたのかなと思いましたが


後日、私の母が


待ち合わせ場所に到着した時から


不思議な視線を送っていた人物がいて


気づかないふりをしていたけれど


義父だったと打ち明けてくれました。



あのバカが、自分の家族を巻いて


待ち合わせ場所に先回りし


私の両親の様子を伺っていたようです。



私の母は賢い人なので


当日は素知らぬ顔をしており


後日私に言葉を選び選び


そのことを伝えました。


母は波風を立てたくない人で


父には何も言いませんでしたが


父はそれ以上に鋭い人で


義父の異様さを見抜いておりました。



披露宴料理の試食会を兼ねた顔合わせでは


格好付けの義母は器に注文をつけ


料理のウンチクを垂れました。


私から見ると義母よりはるかに料理上手で


センス抜群の実母でしたが


ニコニコと相槌を打ち義母を立てていました。



一見、和やかに見える時間に


連れ合いは至極ご満悦でしたが


私は両家顔合わせが表面上でも


穏やかに終わったのは


ひとえに私の両親の


大人の対応だと思っています。


なぜややこしい親がいる結婚に


反対をしなかったのかは


連れ合いへの信頼が大きかった、


ということだったのだと思います。


実際、その目はほぼほぼ正しかったのですが


時として連れ合いも親の子だなぁという


残念な部分は私は密かに感じます。



今回、娘と彼が親同士の顔合わせに


何の不安もないと言ってくれたこと、、、


私は自分のそれを振り返ると


ただただ、涙が出るほど嬉しい思いですが



連れ合いは自分も同じだった、


自分も当時、何の心配も無かったと


言いやがりまして



そういうとこ、、、、


お前ん家の幼稚遺伝子だよなと


思ってしまいますの、、。